『臨床家としての自分自身のあり方を深める本』
あまたある心理臨床の本のなかでも数少ない、臨床家としての私個人に直接的な影響を与えてくれた本である。あるていど実践をしてきて、何らかの壁を感じていたり、臨床をもう一歩「深める」ことの意味をつかみかねている人などは、本書に得るものが大きいと思う。
臨床実践をしていて行き詰まると、何らかの「答え」を求めて書物にあたりたくなるが、この本は技法や理論を直接的に紹介しているものではない。本書はあくまで著者の「わたし」が、クライエントや指導者、理論や物語との出会いからどのように学び、体験してきたかということを、数々の事例とともに分析し論じられている。温かみのある自然体の文章に引き込まれ読んでいくにつれ、結局「わたし」なのだ…「わたし」がどう臨床を実践していくか、ひいては「わたし」がどう生きていくか、といったことを深く考えざるを得ない。そして自分自身の「行き詰まり」も、何かの知識を入れることで表面的に解決させることなく、自分なりに深めていけそうに思えてくる。こんなふうにして書物から学ぶ、書物を通して成長するということがあるのだなと気づかせられた本である。
特に指導者とのかかわりが与える影響を率直に掘り下げた第7章は、臨床家として心打たれるものがあった。（もう姿をみることができない臨床心理学の著名な先生方とのエピソードも、人間味があふれていて面白い。）