『とても「親密さ」を感じるアルバムです』
ベートーヴェンのソナタ形式は対立から和解への激しいドラマ性をもっていますが、シューベルトの八重奏曲やピアノトリオなどはもっとほのぼのしています。18世紀のハイドンやモーツァルトは主に王侯貴族のために作曲しましたが、ベートーヴェンを境に、19世紀のシューベルトなどは、むしろ市民のために作曲するようになります。それは、シューベルトのピアノ五重奏曲やこのCDに収められたドヴォルザークの「モラヴィア二重唱集」のように、市民階級の家庭で、家族や友人とともに音楽が楽しまれるようになったためです。そこでは、革命の時代を象徴する対立のドラマ性よりも、親しい人と語らい歩むような親密さが好まれるのです。
このCDに収められた曲が、裕福な市民の家庭で、そこのお嬢さんたちによって歌われる光景を想像してみましょう。もちろん、そうした市民文化の裏には、貧困や劣悪な環境に苦しむ労働者階級の存在があったことを忘れてはなりません。しかし、第一次世界大戦によって崩壊する前のヨーロッパの市民文化の輝きが、このアルバムには残光のようにわずかに残っているのです。
さあ、眉間にしわを寄せて深刻なリートを聴くようにではなく、お気に入りの紅茶を入れて、まるで声楽を学んだ親しい友人が目の前で歌ってくれているかのように、このアルバムの親密さを楽しみましょう。とくにお勧めは、メンデルスゾーンの姉ファニーの歌曲です。